モンゴルの岩壁に2千年前の銘文 「後漢書」と同じ内容

1:2017/12/28(木) 18:29:38.51 ID:

モンゴルのゴビ砂漠北辺で、岩壁に刻まれた約2千年前の漢文の銘文がみつかった。
中国の後漢王朝(25~220年)の遠征軍が、
モンゴル高原を支配していた騎馬遊牧民・匈奴(きょうど)と交戦した経緯や「戦果」を祝う詩などが刻まれ、
中国の歴史書に記載された内容とほぼ同じだった。モンゴル最古の漢文銘文とみられ、
専門家は、なぞに包まれた匈奴と後漢の関係史の解明につながると期待する。

鈴木宏節(こうせつ)・青山学院女子短期大学助教(東洋史)らが2010~17年、
モンゴル科学アカデミーと共同で現地調査を断続的に実施して明らかにした。

鈴木さんによれば、現場は首都ウランバートルから南南西に約350キロ離れた、
ゴビ砂漠の北側に広がる標高1471メートルの山岳地帯。銘文は、南側に向いた岩壁に刻まれていた。
高さ約3メートルの石の平らな表面に縦120センチ、横180センチの範囲に残されていた。
1文字の大きさは4センチ角。計250文字程度が確認でき、字体や内容から後漢が残した文章とみられる。

画像:モンゴルでみつかった漢文銘文の拓本。
「封山刊石(山で祭祀〈さいし〉し、石に文章を刻みの意味)」
「王師征荒裔(漢帝国の帝王の軍隊は最果ての地を制覇したの意味)」などと読める

朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/photo/AS20171227000838.html


4:2017/12/28(木) 18:38:54.11 ID:

まじかよすげぇ


8:2017/12/28(木) 18:47:05.95 ID:

「後漢書」と同じ内容が匈奴遠征時に書かれただとおかしくないか


9:2017/12/28(木) 18:48:37.79 ID:

でもほぼ同じ内容なら、新しいことは何もわからないってことだよね


10:2017/12/28(木) 18:54:12.83 ID:

後漢時代は三国時代よりも前だが、「後漢書」は有名な三国志よりも後の五世紀に
南朝宋の范曄によって成立したんでしょ、范曄さんはこの岩壁の銘文を見て「後漢書」を書いたのかな


11:2017/12/28(木) 18:55:39.23 ID:

後漢書韓伝

韓は三種がある。
一は馬韓といい、二は辰韓といい、三は弁辰という。
馬韓は西にあり、五十四国がある。その北は楽浪と接し、南は倭と接す。


12:2017/12/28(木) 18:56:38.20 ID:

モンゴルが中国納めてた時代


15:2017/12/28(木) 19:10:30.63 ID:

チンギスハーン(日本名:源義経)って日本人なんだよね


17:2017/12/28(木) 19:15:47.51 ID:

後漢が西暦25年からなら、2000年前にはまだ成立してなかったんじゃないの?


20:2017/12/28(木) 19:29:06.05 ID:

ガード下の○○参上!的なあれだろ


21:2017/12/28(木) 19:30:45.35 ID:

>>9
古いことがわかったからOK


22:2017/12/28(木) 19:31:13.29 ID:

アクリルペンキ?


30:2017/12/28(木) 20:09:55.28 ID:

なかなかの大発見じゃね

岩に刻まれてるってのが衝撃だわ
世界遺産に認定すべき


31:2017/12/28(木) 20:13:29.28 ID:

掘られたのは現代だったりしてな


32:2017/12/28(木) 20:25:37.84 ID:

何十年も前から知られてはいたけどモンゴル人には
岩の模様としか認識されてなかったってパターンかな


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